大木城

別名 野中城 付近住所 西脇市大木町 現在−
2005/11/24 碑・案内板アリ


野中六郎 大木城跡は南北に伸びる山塊の南端の平野山山頂(標高164m、比高84m)に築かれています。現在、神社の境内となっている主郭は南北31m、東西17mあり、その周囲を幅2〜4mの通路兼帯曲輪がまわっています。城跡の北端には浅い堀切を設けて尾根づたいの防御をはかっています。城があった当時の大手道は東山麓のかって平野神社があったあたりから登っていたようです。大木城がつくられたくわしい年代はわかりませんが、城の構造からは戦国時代の築造と考えられます。このころ山城は合戦のときにこもるための城で普段は見張り番がいるだけでした。そのため建物も粗末な小屋程度でしかなかったようです。
大木城の城主は明らかではありませんが、黒田荘の黒田重勝の弟である光氏が野中六郎と名のって野中城に居住したという伝承があります。当時この付近は富田荘の野中郷とよばれていたことから、この大木城が伝承の野中城であるとも考えられます。